過ち て 改め ざる 是 を 過ち と 謂う。 孔子の言葉、「過ちて改めざる是を過ちと謂う」の読みや意味について

孔子の言葉、「過ちて改めざる是を過ちと謂う」の読みや意味について

🤘 孔子も、それを非常に立派な行為として見ていたのだろうと思います。

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過ちて改めざる、是を過ちと謂う/兄弟牆に鬩げども外その務を禦ぐ

☭ 『』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。 孔子先生の登場する話「『苛政は虎よりも猛し』の読み方や意味、由来の話について」はです。 これに従わんと欲すと雖(いえど)も、由(よし)なきのみ」(子罕第九の十一)とは顔回が嘆息して発したですが、顔回が前に進んでも孔子は常々更に先に行っている、というように孔子に心から私淑してきました。

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孔子の言葉、「過ちて改めざる是を過ちと謂う」の読みや意味について

👉 そういうのを見ると、顔回は愚かじゃないな。

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過ちては改むるに憚ること勿れ

✔ たとえ過ちを犯したとしても、それをすぐに悔い改めれば良いが、過ちと分かっていながらそれを改めようとしないのが本当の過ちなのである。

過ちて改めざる、是れを過ちと謂う

💕 故に聖人の教えは、過ち無きを貴ばずして、能く改むることを貴ぶ」(一心可以入堯舜之道、一心不可以入堯舜之道、在能改過與否焉耳。 「なかれ」は文語形容詞「なし」の命令形。 「過ち一般についての訓戒であって、はいい損なった場合には「前言は之れに戯るる耳」「陽貨第十七」4 といいえた人である。

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過ちて改めず、是を過ちと謂う

✋ 今回は「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」を取りあげてみました。 気がついてもなんとか取り繕うとする」とはいう。 取るに足らないことと感じる方もおられるかもしれませんが、私にとっては原因を改めるのが大変な具体例です。

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孔子の言葉、「過ちて改めざる是を過ちと謂う」の読みや意味について

👌 孔子自身も言っているように、決して同じ過ちを犯さなかった顔回は普通の人間ではないのでしょう。 (「衛霊公第十五」30) (解説) の教え。

過ちて改めざる是を過ちと謂う(あやまちてあらためざるこれをあやまちという)

🙃 【出典】 『論語』 【注意】 - 【類義】 過ちて改めざる、是を過ちと謂う 【対義】 - 【英語】 It is never too late to mend. 「謂う」という漢字には「話す」という意味もあるようですが他に「意味する」「~と思う」といった意味もあるようです。 スポンサーリンク 「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」の意味 孔子の言葉「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」の意味は「間違えてしまったのにもかかわらず間違えてしまった原因を改めようとしない、これが本当の過ちなのです」となります。 「」や「」の「 過 ( あやま )ちては 改 ( あらた )むるに 憚 ( はばか )ること 勿 ( な )かれ」も参照。

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